インフラ老朽化の危機──1
今、リーダーに何が問われているか

2012年に中央自動車道笹子トンネル天井板落下事故が契機となり、翌年に「社会資本メンテナンス元年」として、インフラメンテナンスの重要性の議論が高まる中で、行政、民間事業者、市民などが一丸となってインフラの維持・管理に取り組むことを考えるインフラメンテナンス国民会議が2016年に設立されました。埼玉県八潮市の道路陥没事故によって、メンテナンスの重要性がさらに強く認識される中、冨山和彦会長にお話を伺いました。
国是として大転換をはかる時がきている
日本は30年ほど前までは人口増加に伴って居住地面積も増えていき、道路や水道をはじめ様々なインフラが整備されてきました。けれども、人口減少に転じ、都市、特に東京への集中が始まり、多くの地域で居住密度や経済活動密度が下がってきて、さらにインフラの老朽化の度合いは上がっている。経済的に厳しい状況が日本中で起こっています。この傾向は残念ながら止まる気配がないし、30年後には人口は8000~9000万人にまで減ることが予想されています。
現在と同じ規模と水準のインフラを将来も維持することは現実的ではなく、今後は縮退していく時代に合致した政策体系に変えなければいけないのですが根本的にはまだ変わっていない。国是として大転換を図るべき時がきています。かつては発展していくための列島改造論でしたが、これからは集約していく列島改造論が必要なんです。それに真剣に向き合っていかないと人口減少はさらに加速します。
市区町村レベルが新たなモデルをつくっていく
国全体の転換は巨艦を180度方向転換するようなものでイナーシャが非常に大きいので、懸命に努力しながら少しずつ舵を切って動いているような状態です。その中で一番厳しい経済状況で人がいない市区町村のレベルが今、リアルにこの問題に直面していて、国の政策を待っていては間に合わない。市区町村単位で新しい時代のインフラメンテナンスの有り様に向かって自ら舵を切っていくべきです。
市区町村長はリーダーシップをとってモードを変えていかなくてはいけないんです。ただ、こういう根本的なパラダイムが変化している時には、過去の常識や慣行、先例や予見にとらわれてはいけない。実は、人間はいろんな前提条件に結構、無意識に縛られがちです。官庁や県からの過去の通達や指導によって、駄目だと思い込んでいても、前提条件が過去とは異なるのだから、白紙に戻して考えた方がいいし、掛け合ってみると意外にすんなりと通ったりもします。むしろ、向こうは詳細な状況はわからないのだから、それを期待されてもいます。これは会社の経営も同じで、私が担当していた金融などの分野でもそうした事例は多くあります。
まず、自分を解き放して自由になって、目の前で起きている問題にフラットに向き合う。どれだけの人材がいるか。デジタルを含めてどういうテクノロジーがあるか。委託するなら誰にやってもらうか。役所だけでできないことは民間事業者に協力してもらう。そして、住民をどれだけ巻き込むか。国民主権の国ですから、市区町村のインフラはそこに住んでいる人たちの持ち物なんですよ。その人たちが自分のものとして大事にしていくか。
日本は違いますが、民主主義の国は地域住民自治の集合体からネーションステート(国民国家)になったケースが多いんですよ。ヨーロッパの国々がそうですね。本来、地方自治の本質はそこにあるわけで、住民自身が生活の基盤であるインフラを自分たちが持てる力でどう守るかという、そのリアリズムが重要なんです。住民は受益者であり、かつ市区町村にとっては株主的な存在なので、サルトルが提唱したアンガージュマン(「運命に従わず、自分の意思で何事も切り開いて行こう」という姿勢)が大事になってくる。だから、住民がどこまでそこに参画できるかという巻き込み力が、今度は市区町村長に問われることになる。企業経営でも大きな改革しようと思ったら従業員も株主もステークホルダーを巻き込んで、皆の力を一つの方に向けないと何も起きないですからね。
実は危機的状況にある方が比較的、それはやりやすい。人間は平時に生活や行動パターンを変えるのはなかなか難しいのですが、危機的な事態を前にするとやはり我が事になる。そういう意味では今の市区町村レベルは本当に厳しい状況になっていて、動機付けが強く働いていますから。
インフラメンテナンス国民会議の中に2022年に市区町村長会議をつくったのは、問題に直面しているのはそのレベルであり、むしろそういうところから様々な改革が始まる可能性が高い。やる気があって能力の高い市町村長たちが新しいやり方のモデルをつくっていくと、他の首長も「そういうやり方をやればいいんだ」と倣って、どんどん横展開していくことを期待しています。

メンテナンスの生産性を向上していくには
インフラ老朽化はどんどん顕在化し、予防保全に必要な工事が増えてくる。例えば下水道の老朽化も以前から指摘されていたことですが、なぜ追いつかないかというと、行政がお金の問題も供給制約に陥り、今度は人手も供給制約に陥ってますから、老朽化を認識していても手が回らない状況になりつつある。対応する力がもう限界なんです。日本は人類史上、空前の労働供給制約になっています。人口構成が逆三角形に向かっていますので、常に生産労働人口が足りない国なんですよ。土木技術者が足りず、現場で作業する人も足りない。例えば、地方で公共工事をやる時に複数社から入札を募っても現場に集まる作業者は同じ顔ぶれだそうで、切羽詰まっている状況です。
そうなると、メンテナンスの生産性を上げないと追いつかない。計画的に進めなければいけないし、そのためには点検によって老朽化の現状やリスクの度合いを把握し、それをモニタリングする必要がある。点検やデータのストックはデジタル技術でかなりできるようになっているので、生産性を上げるにはそこに投資していくべきです。日本の行政の支出は有形物につきがちで市区町村も箱もの行政になりがちなんですが、むしろソフトウェアなどデジタル系の目に見えないテクノロジーに投資していくことが大きな課題です。デジタル面から考える人を抱えていないと事が進まない。これに関しては、全国の市区町村長は頭の切り替えが必要ですね。リーダー自身のリテラシー、デジタル化を含めてコトのマネジメントを行う、施策に取り組む、予算に反映するといったことをしないとこれからの時代は厳しいと思います。
市区町村によっては土木系の技術者がいないことも指摘されますが、市区町村ごとに技術者を置くのはいわゆる縦の分業であり、これからはそうした分業が成り立たない。地域インフラ群再生戦略マネジメント(群マネ)が実現するまでにはこれまでの慣例という壁もあったし、画期的なことでした。インフラの老朽化はそこまで追い詰められているし、国交省も覚悟をもって応援してくれています。様々なかたちで既存の壁やタブーを超えることが始まっているんですよ。ですから、一人の土木技術者はハードだけではなく、もっと領域を増やしてソフト的なデジタル的なものもカバーしなきゃいけない。だからエリア的群マネと機能的群マネが必要なんですよ。
そのためには生成AIを活用すべきです。ナレッジカバー、自分に足りない部分をカバーできますからね。私自身もAIを活用するようになって、ナレッジベースが10倍に拡張した感じがします。ものを考えたり、判断する業務は非常に拡張しますし、調査や分析をかなりやってくれるので、必要な技術者の数は大幅に削減できるでしょう。優秀な土木技能者の経験もデータとして蓄積されます。今、医療がそうですが、現場の状況を撮影して、かなりのことを判断できるようになります。エリアの群マネと機能的な群マネ的なことをAIの活用でやっていけるようになるでしょう。
例えば古い規制では必ず誰かが確認しなければならない現場も、AIでの確認に置き換えられる可能性があるかもしれない。24時間働けますからね。そうしたことはむしろ現場から声を上げていくべきです。現場の話は抽象的なことを言っていても仕方がないので、小単位の方が改革が進めやすい。大きな船が方向転換する時に、水先案内人を務めるのは市町村の役割で、そうした意味で市町村のレベルは今後の大きな鍵を握っています。
現場力を信じて戦略性を高める
笹子トンネルの事故の後にインフラメンテナンス国民会議が設立されたことはインフラの老朽化への議論が高まる1つの契機になりましたが、モメンタムが大きく変わるところまではいかなかった。国土のあり方を根本的に変えるには予算付けの考え方をはじめ、あらゆるものを180度転換していかなければいけない。今回の八潮市の道路陥没事故は本当に不幸な事故ですが、この問題を今度は国レベルで対峙していくモメンタムになっていくと思います。
現実問題として、東京など大都市へ人が集中する動きは止まらないでしょう。東京は過剰集積になっているため、住居費は高くて通勤時間が長く、多くの若い人にとっては可処分所得と可処分時間が少ないまちになっています。大きな災害に対する強靭性も失わせる。
そこで、次の選択肢としては、長期的には中核都市つまり県庁所在地ないしはそれに準ずるような1~3万人ぐらいの都市に人を集めることなんです。既に中核都市への人口集中が起きています。中核都市ネットワークが繋がっていれば1万人の都市でも10万人規模の機能を持つことが可能です。中核都市とそれを結んでいる幹線道路沿いなどコンパクトネットワークの中に人を集め、経済効率や活動効率が高まると、インフラのメンテナンス事情はだいぶ変わり、合理的に維持しやすくなるでしょう。東京の過剰集中は別にして、多極集住が進んだ方が解決策はあると私は考えています。
何をどう残すのかを考えるためには戦略性が求められますし、戦略性には必ず選択が伴います。インフラのマネジメントでも機能的な群マネの一方で、その地域の住民にとって必要なインフラをどう効率的に維持していくか。取捨選択し、優先順位を決断する。経営もそうですが、本当に厳しい状況下での決断は、皆にいい顔をすれば一時的には丸く収まるけれど、最後は駄目になるんですよ。
私が産業再生機構のCOO時代に再建を手掛けたカネボウという会社はもともと繊維が主力事業で、それが赤字になると、黒字だった化粧品事業の利益で補填することを延々と続けていました。でも、赤字の状況に対して安住して決して良くはならないし、黒字の事業は再投資できずに共倒れになっていって、最終的には粉飾決算事件が起こりました。厳しい選択を迫られることになりますが、リーダーがさらに大事な時代に入っていきます。
インフラはその時の人口や居住形態に見合ったインフラのサイズに合わせていきながら、メンテナンスを行っていく。まだまだつくる方に国家や市区町村の予算が配分されがちですが、これから人口が減少するわけですし、維持していくための技術も発達しているので、今あるものを上手に直しながら使っていき、どうしても必要なものだけを入れ替える。ヨーロッパなどは基本的にその路線ですよね。
そういう意味では、日本は成熟国家になってきたと言えるし、賢く成熟していく知恵を持つ。優秀なリーダーがたくさんいて、それぞれに戦略性を持って、ステークホルダーを上手に巻き込んで、インフラを守るというモデルに転換していく。仕組みをつくれば、その後のエグゼキューションは比較的うまくいくと考えています。日本人は、鉄道が時間通り運行することに象徴されるように、きっちりしている度合いは世界で最高水準だと思います。ただ、そういう国はリーダーが少し弱くて現状維持の姿勢になりがちです。もっと日本の現場力を信じて進めていった方がいいし、長期的にはその方が現場の努力も報われるんです。
(撮影:小野田麻里)