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書籍紹介

「強さ」と「オリジナリティ」の自己認識で日本のインフラを未来へつなぐ

「強さ」と「オリジナリティ」の自己認識で日本のインフラを未来へつなぐ

『土木学会誌』で大好評だった連載企画『日本インフラの「強み」と「オリジナリティ」はどこに?―求められる将来に向けた『進化』―』(2020年4月~2022年3月)が一冊の書籍にまとめられ、11月30日に発刊されました。技術、要素技術、制度体系、コンセプトなどについて「強み」と「オリジナリティ」を言及した記事のほか、書籍独自の特別対談も掲載されています。

健康診断、体力診断に続いて能力診断が必要

 2012年の笹子トンネルの天井板落下事故の後、日本のインフラは健全かを問う「インフラ健康診断」の取り組みを土木学会でスタートさせ、その後、今わが国が持っているインフラが量的・質的にどんな水準なのかを診断する「日本インフラの体力診断」を始めました。これに続いて、「能力診断」が重要だと考えています。
 1979年に発刊された社会学者のエズラ・ヴォーゲルの著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』で顕著なように、「日本は技術立国で、技術では外国より勝っている」という自意識が今でもみられますが、自国の能力を必ずしも正確に捉えていません。インフラの技術において、たとえば橋梁や地下構造物、トンネルに関する技術は素晴らしいけれど、具体的にはどういう部分が得意なのか。なぜトラブルがまだ起こるのか。能力を自身で冷静・緻密に評価して、時には自己批判も加えながらとらえることが、未来に向けて我々が取り組むべき自己診断であると考えました。「それがどれほど強みになっているのか」「ウィークポイントは?」「どこがオリジナルなのか」「海外の技術を改良したものであるのか」──強さを認識することは弱さの認識ことでもあり、次の強さに向かってオリジナルな力を発揮することになると思っています。

日本インフラの「技(わざ)」 ―原点と未来―

日本インフラの「技(わざ)」 ―原点と未来―

専門以外にも関心を深め連携して総合力で向き合う

 自分の専門領域はよく知っていても、少しでも専門から離れると、同じ土木の傘下にある技術であってもほとんど何も知らない。古市公威初代土木学会会長は「土木人は、自分の専門領域だけに拘泥しないで、様々なことに関心を持ち、幅広くものを考えて決断する」という趣旨のことを言われています。俯瞰力と統合力こそが本来の土木だというわけです。現在の土木学会は会員数が4万人で日本の学会の中では最大級の規模ですが、自分の専門領域以外も互いに知ってこそ、連携が可能になり、総合力を発揮できるんです。他の領域の強みやオリジナリティは何かということをこの本でぜひ知っていただきたい。
 土木人の誇りとは何かということもよく言われますが、強さと弱さをきちんと理解する。そして強さを培ってきた人々の努力にまで思いを馳せ、自分もオリジナリティのある仕事をする。自分の技、発想に誇りを持ち、次の世代に繋いていくことが重要だと考えます。
 同様に一般に向けても、「土木やインフラは人々の生活を支え、安全で快適な社会をつくります」などと漫然としたキャッチフレーズのようなことを言っていてはだめなんですよ。大切なのは日本のインフラはまだ何ができていなくて、これから一緒に何をするべきかを国民全体にきちんと知ってもらうことなんです。
 たとえば「流域治水」に関しても土木学会で提言をまとめて、全国で協議会などがつくられていい方向に進んでいますが、基本的な原理や理念がまだ国民的に共有できていないのではないかと思います。体力診断すると、まだ堤防の能力は限られている現状でも、災害は甚大化している。堤防を整備する一方で、田畑を使わせてもらうとか、危険な場所から移動してもらうなど、国民と危機感を共有して協力のもとに、いつまでに何を優先していくか考えながら、総合力で何とか遂行することが重要です。

危機感と将来に対する覚悟が未来をつくる

 この企画をまとめて気付いたのは、残念ながら我々土木の分野は文化面が弱いということですね。建築の世界は技術・学術・芸術の「三術」を柱としていて、文化面でも大きく強いオリジナリティを意識する。けれども、土木のオリジナリティは工法や制度分野は頑張っているし、素晴らしいと思うけれど、文化性はどうでしょう? たとえば鉄道の定時性が平準化されていることは世界でも有数ですし、日本独自でもある。それが約束の時間に間に合うように人々が動くのはある意味では当然という社会意識の醸成にもつながっている。これは無形の文化と言っていいですよね。こういうことが土木やインフラ側にもあればいいと思うわけです。景観やデザインを中心にもっと発揮される余地があると感じています。
 また新しい技術は使われてはじめて実現する。たくさん使われればコストも下がり、さらに多くの場で使われるようになります。インフラメンテナンスでも痛感したのですが、笹子トンネルの事故の後に、民間企業を中心に新技術がどんどん開発されて、迅速かつ的確・緻密、そして安価な点検や補修が可能になりました。ところが、行政は前例がないという理由で採用しない。かつて岡村甫先生のリーダーシップのもとに超流動コンクリートが開発されたんですが、やはり日本ではなかなか採用されず、岡村先生の研究室にいた中国からの留学生が本国に戻ってからどんどん中国で使われるようになったという話があります。こうした横並び意識とか単年度主義など硬直した考え方が日本の技術社会の実情なんですね。高度成長期には採用される可能性もありましたが、日本国内のマーケットが基本的には小さくなっていますから、今のままではオリジナリティのある新技術開発の可能性も縮小してしまう危険性もはらんでいます。そんな警告もぜひ読み取っていただければと思います。 
 私は大学卒業後、新幹線というオリジナルのコンセプトをとても魅力的に感じ、自分も関わってみたいと思い国鉄に入社しました。その東海道新幹線の開業は1964年で、日本が敗戦してわずか20年足らずで、そのような時に、十河信二総裁が世界に先んじて高速鉄道をつくる覚悟を決めたんですね。そして車両・線路・電気の技術などあらゆるものがインテグレートされて新幹線が生まれた。今、日本が高速鉄道の一流国に入っていますが、十河総裁のトップとしての危機感と将来に対する覚悟からの英断なくしては実現できなかったですね。
 私が副会長を務める「インフラメンテナンス国民会議」は産学官民が一丸となってインフラメンテナンスに取り組むプラットフォームですが、その中の「インフラメンテナンス市区町村長会議」には全国の自治体の首長たちの50%以上が参画し、その関心が高まっており、中には技術系ではないのに土木学会に入会してくださった方々もいます。そういう自治体では一般競争入札ではなく随意契約や包括契約、あるいは単年度ではなくて3年間にするなど契約方式も変わってきています。十河総裁のようなトップが多く出てくれば、日本の技術開発や次代に向けてのオリジナリティのさらなる発揮は進んでいくでしょう。
 若い人にはとても期待しています。スポーツや将棋、芸術などの分野で、過去の積み重ねを超えたような発想でオリジナルな活動をしている日本の若い人はたくさんいます。土木の分野でも、私のような高齢世代には、若い人たちがもっと自由闊達に仕事ができるような社会風土を創っていくための努力が必要ですね。そして若い人にこそぜひこの本を読んでいただき、どんどんオリジナルな発想と工夫を展開して欲しいと思います。


AMBITIOUS JAPAN!

大阪大学大学院教授 鎌田敏郎
(連載スタート時の土木学会誌編集委員会委員長)

 “日本インフラよ 勇者であれ Be ambitious!” 本書の総説で、家田先生が、そう仰っている気がした。と同時に、頭の中で、TOKIOのAMBITIOUS JAPANが流れ始めた。この曲、JR東海の少し昔のキャンペーンソング。現在でも、東海道新幹線の車内チャイムでも使われていて、ご存知の方も多いと思う。Wikipediaによると、作詞家のなかにし礼氏と会った当時JR東海社長の葛西敬之氏が、なかにし氏に「新しい鉄道唱歌を作ってほしい」と依頼され、制作された曲であるとのこと。オリジナリティの豊かな傑作は、息も長い。この曲をBGMに本書を読めば、世界での日本インフラの勝負に向けて、我々がもっと頑張らねば!と、勇気と元気が湧いてくる。家田先生が私たちに、「目を覚まそう!」「立ち上がろう!」と激を飛ばしていただいている気がしてくるのだ。土木学会誌での『日本インフラの「強み」と「オリジナリティ」はどこに? ~求められる将来に向けた「進化」~』の連載が始まった時から、“突き進めばのぞみはかなう 立ち止まらない 振り返らない やるべきことをやるだけさ”の精神で本書発刊まで粘り強く奮闘された中居先生、浅本先生にも拍手を贈りたい。まさに、初志貫徹、関係する皆さんたちの執念により結実した珠玉の1冊である。

大阪大学大学院教授 鎌田敏郎

日本インフラの価値を再発見する

名古屋工業大学助教 中居楓子
(連載・本書編集担当)

 現代社会を支えるインフラには、実は「日本オリジナル」、あるいは海外由来だけれど、日本の風土や地形に馴染むように独自に変化を遂げたものが沢山あります。本書は、そうした日本の土木のシステム、制度、技術の価値を再発見する試みと言えると思います。
 テーマの選定では苦労もありました。はじめに土木学会誌編集委員会メンバーの協力を得て、「日本が強い」もしくは「日本発」と思われるインフラをリストアップしたところ、101にも及ぶ項目が挙がりました。しかし、「本当に日本オリジナルなの?」「海外と比較して強いと言える?」と問うてみると、実はなかなか難しく、根拠となる資料がなかったり、執筆者が見つからなかったりして頓挫したものもありました。最終的に掲載された42に及ぶテーマの各著者には、そうした難しい問いに多くの労力をかけて答えていただきました。特に、海外との比較、また、技術や制度の系譜、歴史的背景については各種資料のレビューを通じて丁寧に解説いただきました。
 過去を知ることは未来のインフラを描く原動力にもなる―そのような思いから、副題は「原点と未来」としました。ぜひ、多くの方に読んでいただけたらと思います。

名古屋工業大学助教 中居楓子