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コラム

巡礼と道 ~スペイン巡礼紀行~

巡礼と道 ~スペイン巡礼紀行~

*この記事は、2021年6月更新の「巡礼と道 ~スペイン巡礼紀行~」より続いています。

4. 巡礼と道

 スペイン巡礼者は、巡礼を「Camino」(カミーノ)と呼ぶ。スペイン語で「道」を指す言葉だ。巡礼者同士は道ですれ違う時、「Buen Camino! 」(ブエン・カミーノ)とあいさつするのがルールになっている。スペイン語で「よい巡礼を!」という意味だ。
 「The Camino begins when the Camino ends.」(巡礼が終わる時からもうひとつの巡礼が始まる)という格言がある。
 最初のCaminoは人生に置きかえてもいいだろう。巡礼を終えると新しい人生が始まるという解釈は当たっている。巡礼のきっかけになった映画「サンジャックへの道」はそれを映像という形で示したものだと思っている。

巡礼初日 国境付近のピレネーの峠
巡礼初日 国境付近のピレネーの峠

 自分の場合、具体的に何がどう変わったのかを整理してみたい。
 外面的な変化は、体重も体脂肪率も落ちて健康体になった。当たり前だが、一ヶ月歩き続けると健康体になるのは間違いない。内面的な変化については、自分自身では特段大きな変化があったという実感はない。恩師のN先生は変わったという。
 ただ、外国や外国人に対する違和感や抵抗感がかなり小さくなったのは間違いない。外国旅行のハードルが一気に下がった。
 大きな変化といえば、歩くことへの抵抗感がほとんどなくなったことだ。2011年3月、東日本大震災が発生した時、都内から埼玉の自宅まで40kmを歩いて帰宅することを迷うことなく決断できた。
 どこでも歩いて行くようになったことは、その後の生き方に大きな影響を及ぼしたと考えている。会議や講演会に参加する際、1時間くらい早めに一つ手前の駅で下車して、「ついでのまちあるき」を繰り返すようになった。多くのまちあるきを重ねることで、そのまちの歴史や文化、成り立ちへの理解が深まったように感じる。
 「The Camino begins when the Camino ends.」という格言には、巡礼を繰り返すという意味合いもあるようだ。巡礼仲間たちは例外なくスペイン巡礼を繰り返している。簡単にいうと、「カミーノは癖になる」ということだ。友人のスロバキア人は毎年巡礼を繰り返し、歩く道を変えてローマまで歩いている。自分もきりの良い時期に再び巡礼を試そうと考えたが、まとまった時間が取れないままに11年が過ぎた。いまひとつモチベーションが上がらないのはなぜかという疑問が解決しないまま11年が過ぎた。
 2012年から毎年5月の連休を利用して、単独行の欧州のまちあるきを繰り返すようになった。最近、この理由がようやく理解できた。自分のカミーノは、欧州のまちあるきに置き換わったと考えると妙に納得できた。

ヴルタヴァ川とカレル橋(2014年プラハ)
ヴルタヴァ川とカレル橋(2014年プラハ)

 2019年で欧州のまちあるきを一通り終えることができた。歩いたまちを数えてみたら、100を超えていた。以前は理解できなったまちの文化や歴史がだんだん理解できるようになったのが嬉しい気がする。

5. エピローグ

 2015年1月、帰りの電車の中吊りに思わず視線が釘づけになった。
 「本当の旅の発見は、新しい景色を見ることではなく、新しい視点を持つことにある。」
 読んだことはないが「失われた時を求めて」を書いたマルセル・プルーストの言葉だそうだ。なるほど、いわれてみると確かにその通りだ。

プルーストが住んでいたパリの建物
プルーストが住んでいたパリの建物

 似たようなものを見比べてもその違いは気づきにくいものだ。日本と欧州のまちの違いを比較すると、確かに新しい視点、切り口や引出しができてきたような気がする。対象の違いを自分なりに分析するといろいろな事が見えてくると感じるようになった。どちらがより優れているといった優劣はつけないようにしている。それぞれに良い、意味があると思うようになった。どんな時でも「寛容」の精神を忘れないよう心掛けるようになった。

トラヴェ川と塩倉庫(2017年リューベック)
トラヴェ川と塩倉庫(2017年リューベック)

 プルーストの向こうを張るわけではないが、自分流の旅の定義はこんな感じだ。
 「旅とは、違いを発見し、体感し、考察して、その違いを楽しむ事だ。そして、その違いがつながりを紡ぎだす。」
 そのような考え方に行きついたきっかけが、スペイン巡礼だったと思っている。