J-RAIL インタビュー

電気分野

固定費の削減と鉄道の魅力向上につながる技術を

固定費の削減と鉄道の魅力向上につながる技術を

「鉄道は巨大な装置産業。持続的な発展には、省力化や自動化による固定費の削減が鍵を握る」と話す鉄道総合技術研究所の渡辺郁夫理事長。ポストコロナ世界において求められる技術イノベーションと、その具体的な取り組みについて伺いました。

デジタル技術の活用でメンテナンスを省力化

──新型コロナウイルス感染症の拡大で、鉄道の技術開発を取り巻く環境はどう変わりましたか。

 鉄道総合技術研究所(以下、鉄道総研)では、5年間の行動計画である基本計画を立て、中・長期で課題に取り組んでいます。
 例えば少子高齢化、人口減少に伴う鉄道利用者の減少をどうするのか。あるいは、地球温暖化による自然災害の激甚化にどう対応するか。また鉄道インフラの老朽化対策をどう効率よく進めるか。さらに、鉄道の業務に携わる人も減る中で、メンテナンスやオペレーションの人材をどのように確保していくかも大きな課題です。
 そうした中でコロナウイルスの感染拡大が起こり、これらの課題について前倒しで対応を図る必要が出てきました。

──今後、ポストコロナ世界においては、どんな技術のイノベーションが必要になると考えますか。

 鉄道はまず安全が第一ですが、その上で巨大な装置産業である鉄道が持続的に発展していくためには、省力化や自動化などによる固定費の削減が大きな鍵となります。また、多くの人に鉄道の利用に魅力を感じてもらうには、利用コストを下げる努力も必要です。そのために、AIやビックデータ解析などのデジタル技術を活用し、オペレーションやメンテナンスの省力化、自動化に取り組んでいく必要があります。
 もともと鉄道は環境に優しい交通機関ですが、今後も国内の電力需要が増加すると予想されることから、一層の省エネの取り組みが必要です。また、環境意識の高い利用者にも鉄道を選んでもらえるよう、さらに脱炭素化を図っていかなければなりません。
 高速化により目的地までの所要時間を短縮することも、鉄道の魅力向上につながります。高速技術への取り組みは、鉄道全体の技術の底上げにもつながるでしょう。

パターン制御式ATSを活用したで自動運転

──大きく「省力化」「脱炭素化、省エネ」「高速化」の3つの技術の重要性を挙げられましたが、具体的にはどのような技術開発を推進しているのでしょうか。

 まず「省力化」ですが、メンテナンスに関しては、これまで人が行ってきた設備の状態の把握と、補修・交換の判断などを、画像処理や機械学習の技術を活用したシステムにより支援しようと研究開発を進めています。
 これまでに、次のようなシステムを開発してきました。まず、車両の屋根に据えたカメラの画像とレーザーセンサーで、電車線の位置や金具の取り付け状態などを検査する装置。ヘルメットに装着したウェアラブルカメラの画像からSfM(Structure for Motion)により3次元画像を合成し、構造物の目視検査を支援するシステム。また、運転台に設置したステレオカメラで列車前方の映像を画像解析し、線路周辺の支障物を判定・検出するシステム(図1)などです。記録したデータから軌道や構造物の状態の変化を予測し、適切な補修の時期や方法を自動で診断する手法も開発しています。

──自動運転技術も省力化につながりますね。

 自動運転は、ゆりかもめなど線路内に人が立ち入れない構造で、ATC(自動列車制御装置)が整備されているところでは、すでに実用化されています。
 現在は、ATCが整備されていない線区にも導入できる自動運転システムを開発し、JR九州香椎線で実証運転が行われているところです。これは鉄道総研が開発した「ATS-DX」と呼ぶデータベースを活用した保安システムを応用して実現したものです。
 当面は運転士の資格のない人が運転室に添乗し、いざというときには非常停止の操作を行う「自動運転レベルGOA2.5」を目指しています。省エネ運転パターンによる制御もしやすくなるので、「脱炭素化」にもつながります。
 また、線路内に人が進入するなど支障を検知し、自動停止する技術についても開発中です。現状では昼間、300m遠方での人の侵入を検知できるところまできています。

図1 列車巡視支援のための線路周辺画像解析エンジン
図1 列車巡視支援のための線路周辺画像解析エンジン

実用段階にある超電導による送電システム

──「脱炭素化・省エネ」関連の技術では、どんなものがありますか。

 鉄道が省エネ性の高い交通機関と言われる理由の一つに、「回生ブレーキ」があります。電車がブレーキをかけたとき、モーターが発電機となって電気を起こします。それを架線に戻すことで、周囲を走る他の電車が利用できる仕組みです。この回生電力を有効に利用することが、省エネにつながります。
 例えば、減速する車両と加速する車両の間に変電所があると、変電所の高い「き電電圧」が回生電力の融通を妨げてしまいます。そこで、電圧が上がり過ぎないよう制御する電圧調整装置を開発しました。変電所にある整流器と整流器用変圧器との間に電圧調整装置を設けることで、整流器の出力電圧を安価に制御できます。回生電力が無駄にならないように、電車の最適な走り方を指示する「リアルタイムエネルギー協調制御」の研究も行っています。
 また非電化路線に向けて、水素を燃料とし、CO2を排出しない燃料電池電車の開発なども進めています。

──「超電導技術」も省エネに有効な技術ですね。

 通常、電線には抵抗があるので、長距離の電線に電気を通すと発熱して電力のロスが生じ、電圧も徐々に低下していきます。しかし、超電導材で作った電線を冷やしていくと、あるところで抵抗がゼロになり、ロスなく電気を届けられます。
 鉄道総研では高磁場を発生できる超電導材の研究を進め、2003年には17.24テスラという当時世界最高の発生磁場を記録しました。これは電流に換算すると直径1mmの超電導線材を液体窒素に浸すことで1000Aも流すことができることに相当します。これらの技術を送電に用いれば、直流の大電流送電が可能となります。
 実際、変電所から鉄道に電気を送る際、送電損失や電圧降下が生じないよう電気抵抗ゼロの超電導線材で送電する「超電導き電システム」(図2)の開発も進めています。実現すれば、省エネ効果だけでなく、数キロごとに設けていた変電所の集約化なども期待できます。
 実証実験では、中央線の日野-豊田間の路線に約400mの超電導き電ケーブルを接続。車両を走行させ、電圧降下の抑制を確認しました。さらに変電所間の接続を想定した長距離(km級)システムの構築を進めているところです。この分野では、日本が世界をリードしています。

図2 超電導き電システム
図2 超電導き電システム

ほかに超電導技術を活用した電力貯蔵技術「超電導フライホイール」の開発も、鉄道事業者と共に進めています。超電導技術はすでに鉄道への導入段階に来ています。電力量やコスト面などを視野に入れて開発に取り組んでいく必要があります。

高速化には騒音など沿線環境対策が必須

──「高速化」に関する取り組みはいかがでしょうか。

 高速化は鉄道の様々な技術の底上げにつながるものが多く、大切な技術開発と捉えています。速度を向上させるうえでは、特に沿線環境対策が重要となります。列車が高速でトンネルに進入すると、トンネル出口から圧力波による発破音が発生することがあります。鉄道総研では、20分の1の列車模型を時速400km相当で走らせて騒音を計測する低騒音列車模型走行試験装置を新たに完成させ、車両の先頭形状やトンネルの入り口にある緩衝工の改良に取り組んでいます。また、風切り音が出にくく、架線との接触も良好なパンタグラフの開発なども進めています。

──最後に、鉄道研究者や実務者へメッセージをお願いします。

 社会や技術が大きく変化し、鉄道を取り巻く環境は急速に変化しています。対象としている技術の仕組みがなぜそうなっているのか、まずは背景をよく理解することが重要です。そのうえで、さらに安全に、安定して動かすためには何が必要なのか、常に問題意識を持って改善に取り組んでいただきたい。特に若い人には、基礎的な知識、技術をしっかり勉強してほしいですね。
 私は国鉄入社3年目の1984年に鉄道技術研究所(現在の鉄道総研)に配属になり、最初に駅構内の信号やポイントなどをマイコンにより制御するシステムについて研究しました。そこで何より安全に配慮して装置を設計することの重要性を徹底して学びました。それが今の私の根底をつくっています。基本をしっかり学んでおけば、必ず後で生きてきます。
 従来のやり方を踏襲しているだけではうまくいかないことも出てくるでしょう。新しいやり方、仕組みづくりに果敢にチャレンジしてほしいと思います。

(2022年3月16日 オンライン)

インタビューに答える渡辺理事長
インタビューに答える渡辺理事長
インタビューアーの三上氏
インタビューアーの三上氏