J-RAIL インタビュー

機械分野

6つのセルフ技術で新たなモビリティシステムを構築する

6つのセルフ技術で新たなモビリティシステムを構築する

鉄道業界はコロナ禍で移動や集積が制限され、非常に大きな影響を受けていますが、長期的な視点では少子高齢化や人口減少などによる利用者の減少は予測され、そうした見地から技術開発は進められていました。今後はその流れが加速する傾向にありますが、これまでの概念を転換し、新たなモビリティのシステムや技術が重要となります。これからのモビリティとしての鉄道には何が必要か、東京大学モビリティ・イノベーション連携研究機構長/生産技術研究所・次世代モビリティ研究センターの須田義大教授に伺いました。

自動運転を主体としてモビリティを考える

──コロナ禍を経験して、現在の状況をどのようにご覧になっていらっしゃいますか。

 コロナ禍以前にも少子高齢者やバスやタクシー等のドライバー不足などの観点から、またもう一つ、インフラのメンテナンスや維持管理をどのように実施していくかという観点からも、遠隔技術モニタリングなどの必要性は指摘されていました。コロナ禍によって将来的に予測されていたことが前倒しになり、それらの動きを加速しなければならないと考えています。
 それにはやはり自動運転を主体として進めていくべきだと思います。鉄道の世界では、自動運転はもうかなり昔にやっているんですよ。ゆりかもめ(1995年開業)やポートライナー(1981年開業)など、実は日本は世界に先駆けて無人運転を行っているんですよ。ただ、その後は諸外国が技術開発を進めて、現在ではヨーロッパが先進国となっています。
 また自動運転と同時にメンテナンスが非常に重要だと考えています。私は鉄道車両のメンテナンスに関わってきていますが、鉄道の全般検査などを体系化して、安全性を損なわずに効率化・省力化につなげなければと思っています。そうした中で、近年ではCBMなどモニタリングベースで行う方向が急速に進んでいます。CBMを活用すれば通常の営業運転で車両や施設の状態を監視していますので、必ずしも現場での検査や、検修作業のたびに不必要な部品取り替えを行わなくてよくなります。

──今後の鉄道のあり方に技術開発がさらに大きく寄与するようになると思います。

 日本の鉄道は民営でしょう。多くの人を乗せて、集中的・効率的に輸送を行って、経営を進めてきた。先ほど述べたようにコロナ禍で鉄道の課題にいきなり直面したわけですが、これだけ大きな社会変容に対して、今まで通りのビジネスモデルを成立させるのは難しい。ここで、経営のあり方や技術開発のあり方を転換していくことが必要だと思います。
 中国やインドの鉄道は旅客が減った分、貨物列車を増発していますし、他の国も貨物シフトにシフトしています。それがカーボンニュートラルなどの話にマッチングしているんです。けれども日本はその流れにはないですよね。

協調・集中型の鉄道と自律分散型の自動車が歩み寄る

──これからの私たちが生活する社会では高速鉄道とともに地域のモビリティがますます重要になる。鉄道について鉄道の世界だけで語ることはできなくなっています。

 輸送密度の少ない鉄道路線をどう残していくかという議論はここでは別にして、地域の移動を考える時に、鉄道だけではなく、MaaSなど地域の交通全体で考える時代だと思いますね。
 ただ、そこで課題になるのがデータ連携です。現在は、交通モードごと、事業者ごとに縦割りになっていて、かつ事業者ごとにデータを所有している。データを共有して全体最適をすることをやって欲しいんですよね。こうしたデータに関する問題は内閣官房の戦略室が主体となって推進していたのですが、デジタル庁が設立されて、検討主体が移管されたんですよ。道路、自動車、ドローンなどが現在の主な対象になっていますが、鉄道も積極的に入ってほしいし、これまでの壁を超えた連携に期待しています。

──鉄道はもともと自動運転やシェアリングという特性や考え方を持っているかと思いますが、それが自動車など他の交通モードとどのように連携していきますか。

 ええ、私も自動車の世界がMaaSなどでやろうとしている「自動運転によるモビリティ・オペレーションの変革」を鉄道関連でもぜひ紹介したいと思っているんですが、自動運転⇔手動運転、シェア⇔所有をそれぞれ対立軸で考える。これで考えると、今までの自動車は手動運転で所有です。これまでの自動車産業はこの中で機能性を考え、また高価な車が良いというような価値観もある中でビジネスを行ってきたかと思います。それが自動運転やシェアによってどうなるか。Uberもそうですが、IT企業が参入して、ビジネスモデルががらりと変わります。私もこれをかなり伝えましたので、自動車業界がこのことを認識して、既存の自動車メーカーやバス会社も変革しようとしています。これらがただ競合することにならないように、システムを構築するのが私たち大学の役割だと考えています。

モビリティ・オペレーションの変革

これまで自動車は自律分散型のモビリティ―だったけれど、自動運転に本当に取り組むには人工知能が人間を超えない限り、自律のままでは難しいということが分かってきた。それからカーボンニュートラルについても分散型では効率悪い。そのようなことから、自動車は集中と協調の方向に進んでいるんです。
 一方で、鉄道はこれまでインフラに完全依存する形で、いわば協調・集中型でした。けれども、パンデミックで集中させることは難しくなり、コストがかかりすぎるので自律の方向へ進んでいる。
 鉄道と自動車は全く逆なんですよ。例えばこれまでの安全装置に対する考え方も、鉄道はアクティブ・セーフティで事故の未然防止だったし、自動車は事故発生時に人や物への衝撃を最小限に留め、被害を最小限にするパッシング・セーフティですよね。でも今はある意味では、自動車はぶつからない車をつくり、鉄道は事件や事故発生時のことを考えるようになっている。鉄道と自動車は今、とても歩み寄っていて、新たなモビリティのシステムを構築するにはそれがとても重要なことだと私は思っています。

──MaaSというシステムはその一つだということですね。

 そうですね。ISOの国際規格の作成作業を行う専門委員会(TC)の一つに鉄道関連のISO/TC269があります。一方の自動車についてもITSや自動運転などの専門委員会があって、縦割りになっていたんですよ。ところが今度、ISO/TC 268(スマート都市インフラ)ができて、その中の分科会であるWG3‘Smart transportation’(スマート交通)がSC2‘Sustainable mobility and transportation’(持続可能なモビリティ及び輸送) として独自で企画をつくることができるようになりました。私も国内委員会の委員長を務めています。これまで縦割りだった自動車の世界も鉄道の世界も一緒なんですよ。一部の名前を挙げますが、鉄道総合技術研究所と日本自動車研究所も、JR東日本とトヨタも、今まで同席しない人たちが一緒に会議をする場ができたんです。

──これまで縦割りだったものを打破していくのにどのような技術が必要ですか。

 言い古されてはいるけれど、やはりエコシステムですね。MaaSの世界でもようやく鉄道業界と自動車業界と交わるようになった。技術的にはそれぞれの特性を補完し合うようなところもあって、燃料電池は鉄道はなかなか進めなかったけれどトヨタが手掛けてJR東日本と連携していますし、通信を活用したインフラ協調は自動車は得意ではないけれど、鉄道は通信を活用している。そういう部分でも歩み寄りは絶対に必要なんです。

鉄道・自動車に必要な6つのセルフ技術

──そうした中で、これから鉄道車両の理想的なあり方はどのようなものだとお考えですか。

 私は「六つのセルフ技術」という話をよくするんです。「セルフステアリング」は自己操舵ということですが、鉄道は曲線を旋回するのが苦手なので、カーブを走る技術が重要です。JR東海のワイドビューしなのなどでは自己操舵台車を導入していますし、東京メトロでは銀座線や丸ノ内線でセルフステアリング台車が導入されています。「セルフルーティング」というのは、鉄道は車上分岐など地上からコントロールされて走行するけれど、場合によっては自律的な運行があってもいいのではないかと思います。「セルフドライブ」は自動運転です。「セルフパワー」は私も関わっている電動アクティブサスペンションですけど、エネルギー回生しながらアクティブ制御しようというもの。意味は多少変わりますけど、いわゆる架線に頼らずに走る。バッテリー電車とか燃料電池という形でJR九州烏山線で導入しています。「セルフチェック」は自己申告制の運賃収受で、2023年3月に開業予定の宇都宮ライトレールでは全面的にICカードリーダーが導入されます。料金箱も併設するという話ですけれど。それから「セルフメンテナンス」は先ほどもお話したCBMですね。

──6つのセルフ技術は自動車にも該当するのですか。

 自動車業界はCASE(Connected、Autonomous/Automated、Shared、Electric)という新たな領域で技術革新が進んでいるでしょう。CASEとMaaSってこれが大体みんな対応するんです。「6つのセルフ技術」に当てはめると、セルフステアリングとセルフドライブは自動運転です。セルフルーティングはカーナビになるけれど。セルフパワーが電動化。セルフチェックやセルフメンテナンスはシェアやコネクティッドなんですね。こう考えると、CASEというのは自動車の鉄道化ととらえられると思います。

──セルフメンテナンスについてCBMの活用が期待されていますが、この背景と現状はどのようなことでしょうか。

 ここ数年の動きで、センサーの性能アップと低コスト化でモニタリングが可能になった。あとはビッグデータ解析などのいわゆるAI、機械学習の進化でデータの価値が認識されるようになりました。月検査や全般検査などの定期点検を効率化・省力化しようという動きが加速しています。
 鉄道が進めているそのCBMを今、まさに自動車の世界が追いかけています。2021年10月から自動車のOBD(On-board diagnostics)点検が義務付けられましたね。3年後にはOBD車検も始まります。これは自己診断システム、いわゆるセルフチェックです。鉄道のように自動車もCBMを活用したいと考えています。電子制御になってくると、これまでの車検のような機械整備だけでは分からない領域が多くなる。だからOBD車検では、自己診断システムにおいてメーカーが責任を持ってデータを開示し、車検場や特定整備工場ではOBD端子からデータを受け取って検査をするというルールです。
 そのために自動車技術総合機構がサーバーを管理・運用し、自動車メーカーもOBDのデータを提出するのが義務付けられましたので、全国の車検データがそこに集積されることになります。自動車の整備業界は大きく革新されています。それぞれの事情がありますので、なかなか難しいことであるのですが、MaaSやスマートシティを本質的なところから構築していくには、データの共有は必要に思います。

──これからの技術開発に必要な視点は何でしょうか。

 例えば、大都市以外の地域では、鉄道の利用率が少なくて、マイカーやバス、高速バスなどの利用が多いので、鉄道の世界だけでクローズして考えても次の時代への打開策は見つからない。他のモビリティ業界では何が起きているのか、あるいは世界の鉄道何か起きているかなど、視野を広げてほしいですね。日本の鉄道は海外に比べて定時運行でサービスがよくて綺麗だという一方で、技術的にもさらなる発展が必要だと思います。
 東武鉄道では大師線で添乗員付き自動運転(GoA3)を目指した取り組みを開始していますし、東急電鉄目黒線では相模鉄道との相互直通運転を前に奥沢駅に待避線を設置して追い抜きができるようにしたり、意欲的に取り組んでいます。アフターコロナでは次世代のモビリティ―を目指して、むしろ今までできなかったことにどんどんチャレンジしていくことが重要だと思いますね。

──これからの鉄道の技術開発は利便性の向上や省力化とともに、他の分野と結びつき、新たな世界が展開されていくものであることをお話を伺って実感しました。どうもありがとうございました。

(2022年3月11日 東京大学生産技術研究所会議室)

インタビューに答える須田教授とインタビュアーの茶木氏
インタビューに答える須田教授とインタビュアーの茶木氏