J-RAIL インタビュー

土木分野

キャリア女性や高齢者のニーズを取り込む

キャリア女性や高齢者のニーズを取り込む

コロナウイルス感染症は、人々の交通行動に大きな変化をもたらした。その変化はポストコロナ世界においても続くのか。また鉄道サービスのあり方はどう変わらなければならないか。交通計画や交通行動分析が専門の岩倉成志氏に、これからの鉄道需要の見通しや、新たな需要創出策について伺いました。

運賃の地域間格差、東京は安すぎる

──コロナウイルスの感染拡大により、鉄道事業はどのような影響を受けましたか。

 利用客の減少で経営面に大きな影響が出ており、それがバリアフリー化などの次への投資の抑制につながらないか懸念しています。現在、鉄道の投資の8割は、構造物の耐震強化などの震災対策とバリアフリー化が占めていますが、それらの計画に遅れが出ることが心配です。

──コロナ禍では鉄道需要も大きく変化しました。

 コロナ前と比較して、テレワークや時差出勤などで需要が25~30%減少しました。おそらくコロナ後も、需要は20~25%減で推移すると私は見ています。従来、会社に週5日勤務していたのが、コロナ後は出社が週3.5日になり、約1日はテレワークになるイメージですね。そうした想定のもとで、今後の対応を考えていく必要があります。

──鉄道サービスと運賃のあり方についても変わっていくのでしょうか。

 東京の運賃は地方と比較すると安く、1km当たり20円を切っています。東北の三陸鉄道やIGRいわて銀河鉄道などは1km当たり30円。所得水準は一都三県の平均で320万円、東北地方は280万円ですから、所得に対するキロ当たり運賃が地方は約2倍高いのです。私は、東京の運賃はもう少し高くていいのではないかと考えています。運賃の地域間格差についてもっと国民に理解してもらい、その上で議論が必要です。
 例えば今、注目されているのが、需要に応じて価格を変動させる「ダイナミックプライシング」です。道路に関しては割と早くから夜間割引などを始めていましたが、鉄道ではなかなか進みませんでした。混雑緩和を図るためラッシュ時の運賃を高く設定すると、不快な思いをして乗車しているのに運賃は高くなるわけですから、理解がなかなか得られなかったのです。
 ロンドンでは、道路渋滞を緩和するために通行料を課す「ロードプライシング」を2003年から導入しています。当時のロンドン市長が公約に掲げ、実施に踏み切りました。当初は市民からの反対の声が強かったものの、制度がスタートすると実際に渋滞が緩和されたため、市民は納得し、意識が変わっていきました。
 渋滞は経済的損失だけでなく、CO2排出量を増やすなど環境負荷を高めますが、それもこの制度の導入で抑制できる。ロンドンではさらに一昨年、決められたエリアに進入する車両に対して環境負荷税を課しています。日本と違って、海外は温暖化対策への意識が高い。特にロンドンは進んでいて、道路の利用者に働きかけて鉄道への転換を図ろうとしています。しかし残念ながら日本ではそうした動きはまだ出ていません。

都市をどうするか、戦略あってこその鉄道整備

──日本の新線整備の動きはありますか。

 東京メトロの有楽町線の豊洲~住吉間と、南北線の白金高輪~品川間の延伸事業が2030年代半ばの開業を目指し動き出しています。またJR東日本の「羽田空港アクセス線」や多摩モノレールの町田延伸など、首都圏で6線くらい整備計画があります。ほかにも環状七号、環状八号線の地下に鉄道を通す「区部周辺部環状公共交通」の計画案が動いていますが、これはぜひ進めるべきだと考えています。

──これからの新線整備の計画はどうあるべきでしょうか。

 東京の土地利用は差別化されていません。「ここにはバイオ産業を集積しよう」といった計画性が弱い。渋谷や秋葉原はともかく、都内23区は他区の出方をうかがい、同じような政策を採り、どこも差異のない都市になっている。それでは国際的に勝てません。
 土地利用が差別化され、そこにバイオ、製薬、金融、ITなどの集約がなされ、相互にコミュニケーションを取れるようにしていく。ゾーンごとに人やモノがスムーズに流動する状態を東京圏全体でつくっていく都市政策が必要です。その上でセクター同士をうまく連携させる役割を負っているのが鉄道です。
 第四次全国総合開発計画のときに、東京都区部の一極依存型構造をバランスの取れた多極分散型の構造に転換しようと「業務核都市構想」を打ち出しました。けれども現在はそれが生かされていない。
 海外のライバル都市はどんどん成長しています。もう一度、どのように東京圏をつくり直すか、計画を練り直した方がいい。交通は何かの目的のためにつくるもの。都市圏全体の戦略があり、その上で都市をうまく運用していくために鉄道がどのような価値を提供できるかを考えていくべきでしょう。

不人気の各駅停車の価値を上げる

──新たな鉄道需要の創出策はありますか。

 都市鉄道の料金は大人・子ども、定期、回数券くらいでバリエーションがありません。まだ掘り起こせていないマーケットについて研究する必要があります。
 例えば女性の社会進出が進んでいますが、女性が使いやすい鉄道とはどうあるべきなのか。女性は特に混雑を嫌いますね。ラッシュ時の乗車は、できるだけ短距離、短時間で済ませたいという人が多い。
 混雑緩和の方策の一つは、電車の運行数を増やすことです。そのために、信号制御の仕方を海外のように前の列車との距離で制御する「移動閉塞制御(CBTC)」にする。「固定閉塞制御」の日本では1時間に最高で30本くらいの運行数ですが、移動閉塞制御であれば1時間40本でも可能になり、混雑率を大幅に減らせます。私が座長を務める委員会で今、移動閉塞制御への移行を議論しているところです。
 一方、最近の傾向としてキャリアの高い女性ほど、子どもは自然の豊かなところで育てたいと考えています。混雑せず、速く快適に目的地まで行ける「つくばエクスプレス」のような鉄道が増えれば、女性のニーズに合う。
 誰もが速く目的地に着きたいので各駅停車を避ける傾向にありますが、各駅であればかなりの確率で座れます。もしも車内で音楽やゲーム、食事を楽しめる、リモート会議に参加するなど“マルチタスキング”が可能な環境を提供できれば、各駅停車の新たな価値を生み出せます。
 マルチタスキングは自動運転技術が進むクルマにおいて注目されていますが、右左折や停車・発進で揺れが大きいクルマより、むしろ鉄道の方が実現しやすいと言っている機械の学者もいます。移動中にいろいろなことができるようになれば、移動自体を急ぐ必要はなくなります。遅い交通の価値を高め、混雑の減少にもつなげられます。
 もう一つは、高齢化社会への対応です。鉄道と自動運転のバスやタクシーとをシームレスに結ぶシステムをつくっていく。自動運転が実現すれば人件費が不要になり、タクシーなどの運賃は大幅に下がる可能性があります。そうなれば高齢者は気兼ねなくタクシーで駅に乗り付けるようになる。となると鉄道の駅舎の設計も、階段を使わない上下移動のない駅舎にしていく必要があります。
海外では高架の鉄道でも、バスは高架の上まで入るので、そのまま改札に行けます。このように究極までシームレス性を高め、高齢者が利用しやすい空間を作っていくことも重要な課題でしょう。

感性鋭い若い人の声に耳を傾けて

──最後に鉄道の研究者や実務者へのメッセージをお願いします。

 鉄道会社の若い人には、ぜひ海外の交通の動向を視察されることを勧めます。そして周囲の人は、若い人の発言にもっと耳を傾けてほしい。若い人の感性は鋭い。特に、土木を学んでいる今の若い女性たちは非常に優秀で、コミュニケーション能力も高い。その声をすくい上げ、活かしてもらいたいと思います。
 また、今は各分野の融合が進んでいます。鉄道業界ではかつては機械と土木のボリュームが大きかったのですが、現在は電気の重要性が上がってきています。多くのところで情報も含めた電気的な対応が必要になっている。またこれからの駅の設計をどうするかなど、建築分野ともマスタープランの段階から融合して一緒にやっていかないといけない。いろいろな融合をもっと進めていく必要があると考えています。

(2022年3月11日 芝浦工業大学岩倉研究室)

インタビューに答える岩倉教授
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