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インタビュー

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の交通・輸送を語る

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の交通・輸送を語る

2021年7月23日~8月8日・8月24日~9月5日に開催された東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(東京2020大会)の輸送は、オリンピックパークがなく競技施設等が分散した条件下で、コロナ禍の影響による延期や厳しい感染防止対策の実施など複雑・困難を極める状況で行われましたが、社会経済活動に大きな影響を与えることなく、大会を成功に導きました。この経験を今後に生かすため、交通輸送技術検討会では2022年3月、「交通及び輸送に関する今後の施策展開に向けた提言」がまとめられました。
元東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会輸送局長の神田昌幸さんと元東京都オリンピック・パラリンピック準備局技監の荒井俊之さんに、大会輸送について振り返り、語っていただきました。

(左から)神田昌幸氏、荒井俊之氏
(左から)神田昌幸氏、荒井俊之氏

他都市よりも負荷の大きかった東京2020大会

──東京2020大会の輸送計画の概要についてお伺いできますか。

神田 大会関係者については、選手はオリンピック約1万1000人、パラリンピック約4400人で、それ以外にも大会関係者は多数おられます。当初の輸送計画では約18万人が海外から入ることを前提に組んでいましたが、コロナ禍で大幅に削減され、約4万3000人となりました。それでも、選手など大会関係者の輸送と、観客や大会スタッフの輸送の2本柱からなる輸送計画は非常に複雑なものになりました。
 2012年のロンドン大会が典型ですが、敷地内に競技会場、選手村、国際放送センターなどが配置されたオリンピックパークが設けられると、セキュリティ・フェンスで囲まれたパーク内は徒歩移動なので、車で輸送する負荷が小さくなります。
 けれどもオリンピックパークがない東京2020大会は一つ一つの会場が独立しており、隣接する競技会場にも車で輸送する必要がある。また、メディアの移動は当初はバスによる輸送に加えて公共交通の選択肢もあったのですが、デルタ株の蔓延により決められた手段、つまりバスでしか移動できなくなった。また、メディアホテルを集約し、さらにTCTサービス(注)を導入するなどして、最終的には非常に複雑で代替性がない輸送にならざるを得ませんでした。

注:タクシー車両を臨時的にハイヤー車両に流用する、国の特例制度を活用した大会輸送サービス(TCT=Transport by Chartered Taxi)

オリンピックパークの有無と大会輸送の関係(イメージ図)
オリンピックパークの有無と大会輸送の関係(イメージ図)

 競技会場の配置については、東京圏でも埼玉県下、千葉県下、横浜市など広域的になり、選手や大会関係者が移動する「オリンピック・ルート・ネットワーク(ORN)」は、より延長されました。また、もともとサッカー会場は東京圏外にも複数配置される計画でしたが、さらに、セーリングの会場は神奈川県江の島、自転車競技は伊豆・富士で行うことと変更され、追加競技の野球・ソフトボールは福島、サーフィンは千葉県一宮町になりました。それに加えて、後にマラソン・競歩は札幌開催となりましたので、東京から離れた地域に分散されて会場が配置されました。このため、都市間の移動も非常に多く発生することとなりました。そういった意味では東京2020大会の開催形式は、過去の大会に比べても相当輸送に負荷のかかるもので、それに対応した輸送計画が求められたのです。

東京2020大会とリオ2016大会の会場配置比較
東京2020大会とリオ2016大会の会場配置比較
オリンピック・パラリンピックの競技会場(地方会場)
オリンピック・パラリンピックの競技会場(地方会場)

TDMとTSMを組み合わせた交通マネジメント

──オリンピック・ルート・ネットワーク(ORN)の策定や交通マネジメントについてはいかがでしょうか。

神田 ORNについては、一般の道路より高速道路の方が渋滞をコントロールしやすいと判断し、できるだけ首都高速道路を中心とした高速道路の利用を考えました。当初は通常の大会に倣って東京2020大会も専用レーンを設ける予定でしたが、首都高速道路では片側2車線ある場合は1車線を専用レーンにすることが可能なものの、渡り線は1車線なので専用レーンにはできず、シミュレーションを行うと専用レーン方式では却って渋滞を招くことが分かりました。交通マネジメントには最初からTDM(交通需要マネジメント)を入れる予定でしたが、2017年にTSM(交通システムマネジメント)を組み合わせる方式に転換しました。警察に全面的にご協力いただき、高度な交通規制を行いました。東京エリアの郊外から放射状に配置される高速道路の本線料金所において、例えば8カ所の料金ブースのうち3カ所しか開けないなどの措置を行いました。また、高速道路の渋滞ポイントでは、関連する入口を渋滞が発生する前に閉鎖するというダイナミックな交通コントロールを行いました。
 輸送計画は2層になっていて、交通マネジメントがベースにあり、その上に大会輸送が乗っています。IOCにとっての輸送計画は上の大会輸送の部分が関心事項ですが、上が成立するためには下の交通マネジメントの部分が重要で、私たちの輸送計画は2層全体を指します。組織委員会は主として大会輸送を担当し、交通の部分は東京都が主体となって経済界団体や交通事業者と一緒に進めていただいて、いいコンビネーションで推進できたと思っています。

大会輸送と交通マネジメントの全体像
大会輸送と交通マネジメントの全体像

──もともと交通量が多い東京でこれだけ大量輸送を加えて行うことは困難が多いと思いますが、どのようなところから取り組んだのですか。

荒井 都民生活や経済活動に非常に影響が大きいことは予想できたので、早くから多方面の方々を巻き込んで情報を共有しようという思いがありました。2015年7月、経済団体や交通事業者、区市や国も含めて、関係者と輸送に関する計画や連絡調整を密にする場として、まず「輸送連絡調整会議」を立ち上げました。
 また、国の方でも関係機関や経済団体と「交通輸送円滑化推進会議」を立ち上げて、議論をする場を設けていただきました。
 それから、交通工学など専門的見地からの検討をいただく「交通輸送技術検討会」を設置し、家田仁先生や羽藤英二先生などにご協力いただきました。
 さらに、多くの方々を巻き込むために、国・都・組織委員会が事務局となり、都民・国民や事業者の方々に大会期間中の交通需要の低減に協力いただく「2020TDM推進プロジェクト」を立ち上げました。
 その中で、一般の方々の理解を深めるために、企業・団体向けの説明会を600回ほど開催するなどして、テレワークの実施やオフピーク通勤、物流もなるべくトラックの数を削減して効率化してほしい、そういった運動や呼びかけを様々な形で行いました。最終的に約5万の企業や団体に参加いただき、大きなムーブメントになっていきました。

神田 東京都の取り組みが素晴らしいのは、東京2020大会だけではなくて、将来の東京都の交通政策に活かすという位置付けで、最初からレガシーを意識されていたことですね。

輸送に関わる推進体制と会議の開催
輸送に関わる推進体制と会議の開催

ロードプライシングの実施

──首都高速道路で実施されたロードプライシングも東京2020大会の成果として非常に大きいものであったと思います。

神田 最初はIOC側にはTDMとTSMを組み合わせた交通マネジメントに懐疑論があった。それでも、私たちは最後までぶれずにこの方式を進めていったんです。
 当初開催予定の1年前にあたる2019年7月に大規模な試行を行わせていただきました。TSMはうまくいったんですが、TDMは本番ではないので国民・都民の協力が少なく、交通量は想定ほど大きく減らなかった。それまでのIOCの反応や、国内でも協力要請型のTDMとTSMだけでは心配という声があったところに、この試行の結果が出て、以前から可能性の一つとして根強くあった、経済的TDMすなわち首都高速道路への料金施策導入を求める声が一気に強まったんです。料金や時間帯の設定をどうやって決めるかという課題は容易ではなく、また首都高速道路のシステム改修にはかなりのおカネも時間もかかる。それに首都高速道路の料金を変更するとなると、都と県と政令市の議会の同意を得るなど、手続き的にも簡単ではない。産官学から疑問や慎重論もあり、様々な角度からの議論がありましたが、最後は関係者が腹を括って実施しました。内々に検討を進めていたものを、短期間で一気に詰めて、2019年8月にパブリックコメントを出しました。
 これはオリンピックでなければできなかっただろうし、道路政策においても大きなレガシーになったと思います。この4月から首都高速道路は深夜割引を含め料金を変更しましたが、オリンピックで開発したシステムを使っていますよ。

料金施策による夜間割引と料金上乗せ
料金施策による夜間割引と料金上乗せ
料金施策の対象車種
料金施策の対象車種

荒井 確かにオリンピックのような大きな大会でなかったら、ここまで大胆なことは都も国もできなかった。この大会を成功させるためには確実な輸送を行うことが絶対に必要だという共通認識があったので踏み切ることができたと思います。

神田 この大会の大きな課題は最初から暑さ対策と交通・輸送だと言われていました。そのうち暑さについては自然相手で、会場や競技時間を変更するなどして対応しました。でも、交通・輸送は人為的なものです。私たちはある意味で交通に関するプロフェッショナリズムを持ち、警察も含めて「チーム・ジャパン」で対応するという強い意識を共有していたことが大きいですね。

荒井 ロードプライシングに関しては経済団体が賛同してくれたのが大きかったですね。

神田 全くそのとおりです。今回はオリンピックと経済活動の両方を成立させるために、マイカーを主な対象として、「高速道路を使って遊びに行くなどの時期をずらしてもらえないか」と呼び掛けました。けれども多くの方の協力のお陰で首都高速道路が空いてくると、逆に利用する人が出てしまう。そこで、一番コアな時間帯に課金し逆に夜間は割り引くことで、TDMに協力しない人が得をする構図にならなくすることができました。その意味では、協力要請型のTDMと併せて実施されるロードプライシングは非常に的を射た施策と考えられます。

──協力するということで、ある意味でこうした大会に参画する意識が生まれますね。

神田昌幸氏
神田昌幸 大阪府・大阪市 特別参与、大和ハウス工業株式会社 常務理事
(元 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 輸送局長)
神田昌幸氏のキーワード

東京2020大会の経験をレガシーに

──東京2020大会の経験を今後にも活かすために、どのように取り組んでいかれますか。

荒井 東京都は、この大会の成功で得た経験をどう東京の将来に活かしていくか、いわゆるレガシーが重要だとして、バリアフリーやボランティア、環境対策など多くの分野で今後の政策に活かす取組を行っています。その中で輸送に関しては、「交通輸送技術検討会」において提言としてとりまとめていただきました。
 通常時の道路や鉄道の混雑緩和、物流の効率化、また災害時の、たとえば台風で電車が運休した時にテレワークで通勤を抑制してもらうとか、避難や緊急輸送を優先するために道路交通を削減したいなどという時に、今回の経験や知見が役に立てば、大きなレガシーになると思います。オリンピック・パラリンピック準備局は解散しましたが、関係する局に知見を引き継いでいるところです。

神田 推進プロジェクトの中では、各社がテレワークを推進するなど、いざという時のBCP(Business Continuity Plan)を用意して頂いていました。IOCは「オリンピックは災害とは違う」と言っていましたが、交通に対するインパクトはある意味では災害と共通する部分があり、協力頂いた企業にはそうしたインパクトがあった時の代替策を検証する機会として考えて頂いたたわけです。わが国でコロナ禍が始まった時、テレワークは想定より早く進みましたが、これは東京都を中心に推進プロジェクトをつくり、各企業がそれに応えて準備をしていたことが功を奏していると言えますね。

荒井 コロナ禍で皆さんが大変な時に、「大会のために交通量を減らしてください」とはなかなか言えなくて苦労していたのですが、「人流抑制のために、リモート観戦で応援してください」「引き続きテレワークをお願いします」という呼びかけをしました。実際に大会直前よりも交通量が確実に減りましたので、やはり皆さんが大会のために協力してくれたのだと思います。

──社会変化の中で大会を迎えることになって、さらなるご苦労も多かったことと思います。

神田 大会期間中、組織委員会輸送局のメンバー約950名は皆、倒れずによく頑張ってくれました。どこの大会でも輸送は苦労しています。各大会で開催方式が違い、競技会場の配置状況も違う。その中で選手はじめ大会関係者が自由に動くことに輸送担当は対応しなければならない。物事には需要と供給があるけれど、大会では需要のデータがない。オペレーションが始まって初めて「こういう動きだ」と分かることが多い。それでもIOCは、輸送サービスの供給側が全ての動きをカバーすることを要求する。この状況が毎回繰り返されているのです。
 東京2020大会では、輸送に関してデジタル改革を推進し、バスおよびフリートにGPSをつけトヨタが開発したシステムで動かしています。このため、コロナ禍ではありましたが、選手などの移動に関しては実際の移動のデータ、即ち計画段階で需要として参考とすべきデータが史上初めて取れたのです。これをIOCにも共有しましたが、パリ大会以降の夏の大会に対してのビッグギフトとなったと考えています。

荒井俊之氏
荒井俊之 東京都 政策企画局 生活文化スポーツ局 技監
(元 東京都オリンピック・パラリンピック準備局 技監)
荒井俊之氏のキーワード

──今後の他都市の大会ではそういったものがどんどん活用されていくということですね。

神田 パリ大会もロサンゼルス大会もオリンピックパークはなさそうです。これまではある広域的な都市開発の30年ぐらいのプロセスの中で、造成が終わり、道路や下水などのインフラができたタイミングで大会を開催し、終了後はまちをつくっていく手法を採用することが多かったので、オリンピックパークなどもつくりやすかった。けれども、東京は成熟した都市で、大規模な都市開発の用地活用ではなく既存の施設を使い、新しい施設も古い施設と同じ場所あるいはその隣でつくろうとしましたから、会場が分散してしまいました。成熟した都市ではオリンピックパークを用意しづらいので、交通輸送にものすごい負荷がかかる開催方式になりがちです。それに対する1つのソリューションを、東京2020大会は出したと言えると思います。

──東京2020大会は世界に向けても成果をみせたということですね。

神田 通常の交通計画や輸送計画は全体最適を前提にシステムを組みますが、オリンピック・パラリンピックは、いつ・誰が・どうやって動くのか事前には正確にわからず、その時々なので、部分最適をどんどんつくっていかないと輸送が回らない。選手輸送で一番強烈だったのは、東京2020大会の場合は、コロナ対策のため選手は基本的に自分の競技種目がある5日前(時差が大きい国は7 日前)から選手村に入り、競技後は2日以内に選手村を出ることになりました。通常の開催では2週間近く前から入国・入村し、体調を整えて練習するんですが、5日しかないからその間に練習したい選手が集中する。コートを使用する競技は予約段階で調整されますが、陸上などの個人競技はいつ練習会場に行ってもいいんです。それで、開会式当日の午前中にほぼ全員の個人競技のアスリートが練習に行き(午後は開会式のため輸送サービスがない)、輸送がパンク状態になった。準備段階では需要を予測できなかったという極端な例ですね。ある程度始まってみてオペレーションのどの部分が大変かが初めて分かる。どの大会でも、いかに短時間でその対応ができるかが勝負なんです。
 でも、今大会では交通マネジメントはほぼ満点でした。さいたまスーパーアリーナでバスケットボールの試合が行われている日に首都高速道路5号線のORN上でトレーラーが横倒しになって通行止めとなったことがありました。すごい緊張感が漂い、輸送センター内で私も思わず「これは訓練ではありません。本番です!」と叫んでしまいました。いろいろな輸送障害のパターンを想定した練習も積んでいたので、すぐ違うルートに切り替え輸送しました。本当にぎりぎりのところでしたが、関係機関の連携で見事に対応頂き、試合は一切遅らせず済ますことが出来ました。まさにプロの仕事でしたね。

荒井 本当に劇的に、ほぼ想定通りに対応することができました。

神田 大会期間中の首都高速道路の交通量は、平日は約2割減で休日並みにする目標を達成できました。大会関係者の車がなければ、おそらく3割近く削減できていて、これも交通マネジメントの狙い通りで完璧です。
 輸送が苦しくても、交通の部分がきちんとしていたから耐えきることができた。輸送部門の責任者の私としては、交通対策を担当してくれた関係者の皆さんやTDMに協力して下さった皆さんに本当に感謝しています。

(取材実施:4月21日 撮影:小野田麻里[広報委員])