J-RAIL インタビュー

電気分野

人口減少時代に必須となる自動運転

人口減少時代に必須となる自動運転

鉄道界に大きな衝撃を与えたコロナウイルス感染症。そこから鉄道事業者は何を学んだのか。また、ポストコロナの世界を見据えた鉄道の技術イノベーションとは何か。リニアモーターなど電気駆動の設計と制御が専門の古関隆章氏に伺いました。

コロナ禍で揺れる鉄道会社の事業環境

──コロナウイルスの感染拡大は、鉄道事業にどのような影響をもたらしたのでしょうか。

 人口減少に伴う鉄道利用者の減少や、運転士の数の確保問題など、従来から取り組む必要のあった諸々の課題が、コロナ禍で一気に眼前に突きつけられた感があります。移動の自粛が進む中、どのように収益を出すのか。どう感染症対策をし、利用者に安心して鉄道を利用してもらうか。また運転士やスタッフをどう感染から守るか。
鉄道関係者は急な対応を迫られました。
 鉄道界では以前から持続可能な鉄道事業に向け、運転自動化や設備メンテナンスの自動化などの必要性を議論してきました。けれどもそれらは中長期的課題であり、おいおい設備投資や技術開発をしていけばいい、という心づもりでいたのです。
 人口減少の問題にしても、コロナ禍となる前は外国人観光客が年々増える中、年間2000万人ほどが日本を訪れるようになりつつありましたから、差し迫った問題として受け止めていなかった。それが渡航制限で外国から人が来なくなり、コロナウイルスの感染拡大による利用者の行動変化、需要構造の変化を受けて、にわかに議論されるようになりました。
 コロナ前は、東京一極集中への対応や朝の通勤ピーク需要をどう捌いていくかに力を注いできたのに、今はテレワークやワーケーションなど、地方に住んだり、出勤しないで働いたりすることが現実になった。こうしたことが危機感を持って語られるようになりました。
私が顧客の立場で「大きく変わった」と思ったのは、積雪予報による計画運休のときでした。数年前なら「朝5時に家を出て満員列車に乗る」という世界だったのが、先日は皆オンラインで対応したため、電車はガラガラで動いていました。
 また、経営環境の悪化を受けて、運行と施設保有を一体化したいわゆる「上下一体型」経営の見直しを視野においたアイデアも、再び話題にされるようになっています。ヨーロッパのようにインフラの部分は公共施設として整備し、鉄道会社は運行で採算を取る「上下分離」の方が、我が国においても、ニューノーマルの中で自動運転のための設備を本格的に入れていこうという議論の中で、より合理性があるのではないかという議論も見られるようになっています。
 コロナ禍の影響で、従来からの課題への対応に、切迫感をもって舵が切られようとしていることは、自動化などの技術開発には長期的な追い風となるでしょう。ただし、経営の悪化により投資資金が減少していることは、短期的な向かい風になる。いい面、悪い面の両方がありますね。

環境負荷の少ない大量輸送機関への期待

──ポストコロナ社会において、鉄道の役割はどう変化しているのでしょうか。

 大きくは二つあると見ています。一つは、環境面での役割。今、脱炭素社会に向けた取り組みが始まっています。これまで鉄道は安全でエネルギー負荷の小さい大量高速輸送機関として重要な役割を担ってきましたが、今後はさらにその面での期待が高まっていくでしょう。
 ただし、自動車も電気化や自動運転化が進んでおり、エネルギー負荷の面では鉄道と接近してきている。今後は限られた交通市場の中で、厳しいシェア競争が続くと思います。複数の移動サービスを組み合わせる「MaaS」のような統合された使い方や、両者の最適な使い分けも議論されていくでしょう。
 鉄道に期待されるもう一つの役割は、これまで以上にサービス面が充実した交通機関となることです。
コロナ禍で無駄な移動が減り、会議などの一定部分がオンラインに移ったことをきっかけに、鉄道のピーク需要は今後も確実に減っていくでしょう。しかし、利便性の観点からは、輸送量が減ったからといって、運行本数を減らすことはできません。
設計の考え方を転換し、余裕のある輸送空間による快適さ、安心感を提供することで魅力を向上させ、シェアを獲得していく必要があります。
 例えば、移動しながらモバイル端末で会議に参加できるなど、車両内で快適に便利に仕事ができる環境を用意する。一方で、移動の時間を楽しみたいというニーズもあるでしょう。ビジネス等における利便性の要求と、個の「ゆとりある時間」を静かに過ごしたいという希望の両方に対応できるサービスや空間の提供が重要になってきます。

海外では実現、一般鉄道の自動運転

──今後求められる鉄道の技術イノベーションには、どのようなものがありますか。

 今挙げた課題を解決するためには「自動運転化」がカギを握ります。まず、自動運転によって省エネ運転が可能になる。最も効率のよい走行パターンで列車の加減速を再現性をもって制御できるようになるからです。これは人の運転では難しいですし、自動運転によって安全性も高まります。
 また人的リソースや運営費を削減できるので、その分をサービス向上のための投資に回すことで、輸送需要の減少に対応して短編成化しつつも、高い利便性を維持するため運行本数を多く保つことが可能になる。その意味でも、自動運転化は欠かせない技術です。
 自動運転と相性の良い駆動技術として、「リニアモーター」が挙げられます。これには、地下鉄などで採用されている「鉄輪式」と、中央新幹線に採用されている「磁気浮上式」があります。
 回転するエネルギーを車輪と路面を通じて直線運動に変換する電気自動車などのモーターに対し、鉄輪式のリニアモーターは加速・減速する直線運動の動力を電磁的にダイレクトに出すことができる。そのため車輪とレールの接触面における摩擦力から解放され、勾配に強いという特長があります。
 ホームドアに合わせて位置精度よく正確に停車でき、自動運転と非常に相性の良い技術です。車軸に動力を伝える必要がないため、車軸の可動域を広げることができ急なカーブに強い。そのため地下構造物を避けて縫うように走る都市部の地下鉄に適しています。
 一方の「磁気浮上式」は、リニア中央新幹線やLinimoなどに用いられているものです。車体を磁気力で軌道から浮かせて走り、車輪がありません。リニアモーターの駆動が地上側からの指令で自動制御されるため、「完全自動運転」が自然な姿となります。
 一般鉄道においても事業者は完全自動運転への挑戦に取り組み始めています。私が座長を務める国土交通省の「鉄道の自動運転技術検討会」で対応を議論し、一般鉄道のために建設運用できる社会的合意を得るための基礎ができました。
 ただ、日本は諸外国に比べて運行者への安全性に対する要求が高い。実は日本は1981年に開業した神戸新交通ポートアイランド線において、世界に先駈け完全自動運転を実現しています。その後、人が軌道内に入り込むことがなく避難路が確保されている完全高架軌道を持つ、新交通ゆりかもめや、日暮里・舎人ライナーなどで自動運転技術を採用しています。
 にもかかわらず、その技術の適用が一般鉄道にまで広がらないのは、事故による列車停止時など、万が一の時に誰がどのように旅客を安全に避難誘導するかといった課題が残されているからです。一般の人々が安全だと思えるような対策を施し、専門家が一般の人々に丁寧に説明して、安全の考え方についての理解を得ていくほかないと思っています。
 安全を担保する意味から、架線や信号設備などのメンテナンスの考え方も変化しています。時間をベースに決めてきたメンテナンス周期の考え方から、センサー技術を用いた状態監視に基づくコンディションベースのメンテナンス、すなわち「状態安全保全」への転換を目指す動きも出てきました。

幅広く技術分野をカバーし、専門は深く究めよ

──最後に、鉄道の研究者や実務者に向けてメッセージをお願いします。

 鉄道は、土木、化学、電気、機械、バイオ、ヒューマンファクターなど、カバーする技術分野が広い。私たち「J-RAIL」は、土木工学、電気工学、機械工学の融合を図りながら問題を解決していこうという趣旨で学術活動を行っています。このように分野が異なっても互いに会話ができるよう、視野を広げて勉強することが必要です。
 その一方で、自分自身の専門も深く極めていないといけない。よく言われる「T型」の技術者になることは、鉄道界においても重要です。
 鉄道界は社会のごく一部に過ぎず、業界内の論理が社会の論理であるとは限りません。そのことも理解しておく必要があります。外部の人の声にも耳を傾けた上で議論をする鉄道界であってほしいと思います。
 鉄道は社会的・経済的弱者にも優しい公共交通機関です。若い人たちには、広い視野と、弱者への温かい心遣い、学ぶことや社会貢献への熱意、この3つを持った人であってほしいと願っています。

(2022年3月4日 オンライン)

インタビューに答える古関教授
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インタビューアーの三上氏
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