J-RAIL インタビュー

機械分野

安全な輸送を守りながら、省エネ・効率化をはかる技術開発に打ち込む

安全な輸送を守りながら、省エネ・効率化をはかる技術開発に打ち込む

コロナ禍での行動制限や社会変容は交通業界に大きな影響を及ぼしました。都市鉄道である東京地下鉄株式会社(東京メトロ)も乗客が減少しながらも、次世代に向けた鉄道のあり方を目指して経営方針を打ち出していますが、その中で基軸となるのが車両や施設に関連する新たな技術開発です。中澤英樹取締役・鉄道本部副本部長に様々な取り組みについて伺いました。

旅客運輸収入がコロナ前に戻らない前提

──コロナ禍での乗客の行動変容に伴い、鉄道の技術開発を取り巻く環境も大きく変化しています。鉄道事業者として、どのような方針のもとで技術イノベーションに取り組んでいらっしゃるでしょうか。

 どの鉄道事業者や交通事業者も同様だと思いますが、特に都市鉄道では外国人訪問客の減少に加えて、定期・定期外合わせてのご利用がコロナ禍前より大きく落ち込んでおり、今後についても回復の兆しは見えるものの先行きは不透明な状況となっています。そのため、2022年度~2024年度の中期経営計画では旅客運輸収入がコロナ前に戻らない前提でコスト構造改革などを経営課題に掲げ、取り組みを進めています。
 そうした中で、鉄道の技術開発においては、これまでも進めてきた省力化や省エネルギー化が一層求められることとなり、お客様には安心してご乗車いただくための対策やDX等と合わせて技術イノベーションを推進していかなければならないと考えています。

省エネ化をはかる鉄道車両用次世代駆動システム

──東京メトロは省エネ車両の先駆的に取り組んでこられましたが、近年の車両の省エネ化などについてはいかがでしょうか。

 1968年に試験導入され、1971年に量産車がデビューした千代田線6000系は、世界で初めて、回生ブレーキ付チョッパ制御装置を採用しました。当時から回生ブレーキという発想があり、その後、技術を徐々にブラッシュアップさせて、今ではかなり省エネ化率が進んでおり、新車に置き換えるタイミングで新しい技術を取り入れています。
 車両1両が1㎞走行するために必要な電力量を原単位(kWh/C・km)と言いますが、この推移をみると、年々下がっており、省エネ化が効果を出していることが分かります(図1)。
 鉄道は他の交通モードよりもエネルギー効率がいいと言われていますが、輸送量が多く、多くの電気を使用するので、当社としても車両をはじめとして、地下鉄であるがゆえに駅・トンネルの照明や空調などにおいて様々な工夫をして省エネ化に取り組んでいます。

図1 車両1両が1km走行するために必要な電力量(原単位)の推移
図1 車両1両が1km走行するために必要な電力量(原単位)の推移

──その中で新技術にはどのようなものがありますか。

 丸ノ内線新型車両2000系向けに東芝インフラシステムズと共同開発した省エネルギー技術「蓄電・高効率電動機を用いた鉄道駆動システム」では、All-SiC(炭化ケイ素)素子適用のVVVFインバータ、全密閉PMSM(永久磁石同期電動機)、リチウムイオンバッテリ「SCiBTM」適用の非常走行用電源装置の3つを世界で初めて組み合わせることで大幅な省エネ化を実現しています。具体的にはPMSMを導入してモータそのものの高効率化を実現し、モータに供給する電気の制御を行うVVVFインバータ装置に、よりエネルギー損失を低減した新開発のAll-SiC素子を採用することで、システムとして更なる高効率化を実現しています。こうした技術により、地球温暖化防止活動環境大臣表彰や省エネ大賞経済産業大臣賞を受賞しています。このVVVFインバータとPMSMは、その後に新造した有楽町線・副都心線17000系、半蔵門線18000系でも導入しています。

──車両側で省エネ化する一方で、地上側、特に駅施設での取り組みにはどのようなものがありますか。

 2014年から駅補助電源装置を導入し、回生電力を架線に戻したものの一部を直流から交流に変換し駅施設で使うことを始めていますが、30年以上前の1991年に南北線を開業した時に同様設備である回生吸収インバータを先駆的に導入しています。南北線は当社として初めてとなるホームドアの採用により、停止時に車両とホームドアの位置を合わせることが求められ、当時は回生電力が安定しないとブレーキ性能に影響してしまうので、駅における停止精度を向上させることが目的でした。

──日本は2050年までに「カーボンニュートラル」の達成目標を掲げていますが、東京メトロではどのようにとらえ、企業活動を行っていますか。

 東京メトロでは長期環境目標「メトロCO2ゼロ チャレンジ 2050」を掲げ、東京メトログループ全事業が排出するCO2量について「2030年度-30%(2013年度比)、2050年度実質ゼロ」を目指します。
 車両は新たな技術を導入した新造車に置き換えていくことで推進できますが、地上設備も更新があるタイミングでどんどん導入し、電気を送り出す側と使う側の連携を考慮してさらなる省エネ化がはかれるよう検討しています。例えば、架線の送り出し電圧は、現在は一定ですが、回生する場合には下げて供給するなど変動できれば理想的で、最適な電圧や回生率などを研究中です。

TIMA(車両情報監視・分析システム)をCBMに活用

──メンテナンスの効率化という視点から、故障予知やCBM(状態基準保全)にはどのような取り組みをされているのでしょうか。

 当社では1988年からTIS(車両制御情報管理装置)を導入し、走行車両のデータを集積していました。当初はTISに集めたデータから異常が判明した場合には運転士に知らせていましたが、それを発展させて多くの装置からデータを集積し、地上のサーバーにおいて分析するシステムであるTIMA(車両情報監視・分析システム)を三菱電機と共同開発しました。故障や不良の予兆を検知し、運転士だけではなく、総合指令所や車両をメンテナンスする検車区にも共有しますので、そこから必要な対応を運転士に支援できます。
 TIMAを最初に導入したのは丸ノ内線2000系であり、その後は17000系、18000系に導入しています。
また、通常走行している車両から様々なデータを集積し、蓄積していますので、これを点検や検査に活かし、省力化したいと考えています。3カ月に1度の月検査における点検・検査項目を削減できることも分かってきており、徐々に検査の省力化を進めていこうと考えています。また、架線やレールの状態など、今まで徒歩巡回や、軌道検測車などで定期的に測定しているものを将来的に営業線の列車で測れれば一番いいですよね。そうしたことを目指して今は研究している段階です。
 また、2000年に発生させてしまった日比谷線列車脱線衝突事故を受けて、国土交通省から輪重管理の厳格化が鉄道事業者に通達されましたが、当事者である当社は輪重管理に力を入れてきました。当社の車両状態監視装置は、地上側(レール側)で輪重・横圧を測定し、総合指令所や検車区において走行安全性を確認できるほか、車輪フラット発生時にアラームを出すものです。

──将来的にはホームドアなど駅設備の故障なども予兆を検知できるのですか。

 CBMの項目に去年からホームドアを加えて勉強を始めています。ホームドアがついたことで人身事故が激減しているのですが、2025年度までに全駅への設置を計画しており、安定的な稼働を支えるべく故障の抑止については考えていきたいです。また曲線ホームの一部に設置している可働ステップも故障したら駅員が格納固定させる作業が生じるので、運転再開まで10分ぐらいかかってしまいます。故障の予兆、例えばホームドアの開閉速度が遅くなっているなどが分かれば故障前に点検ができますし、同様に輸送障害を起こしてしまう転てつ機やサービス機器である空調などについても点検頻度を下げることができると考えています。

他の路線や事業者と車両の共通化は進むか

──東武鉄道との車両共通化も話題になりましたが、他の路線や鉄道事業者との車両の仕様共通化も今後は進んでいくのですか。

 車両の顔は「会社・路線の顔」のようなところがあって、新車が出るたびにいろんなデザインにしていくのが今までの流れでした。特に当社は路線ごとに順次開業や延伸を繰り返しており、新車を置き換えるタイミングも路線ごとに異なりますし、車両限界が路線ごとに異なっていたり、保安装置も相互直通を行っている他社に合わせいろいろなものを積まなければいけなかったりで、転用が簡単にできないんです。
 それでも、全くないというわけではなく、2002年から2004年にかけて東葉高速鉄道が新車を導入した時には東西線05系と共通設計にしたこともあります。
17000系と18000系は造るタイミングも同時でしたので、ほぼ同じシステムとし、路線の特徴に合わせた色と前面の顔に多少変えています。
 また、他社線との共通化では、日比谷線18m車から20m車(13000系)に置き換えるタイミングと相互直通先の東武鉄道(70000系)が新造するタイミングが合致したので仕様共通化し、コスト低減につなげました。

日本の地下鉄初となるCBTCを導入

──そのほか新たな技術開発の導入事例を教えていただけますか。

 CBTC(列車の運行と制御を列車と地上装置間の通信で行う列車制御システム)は、ヨーロッパでは導入されていますし、国内でもJRが同じようなシステムを一部路線で導入していますが、日本の地下鉄では初めてになります。従来より使われているATCは、前の列車に対して次の列車がどこまで近づけるかを軌道回路を区切った閉塞で行っていましたが、CBTCでは列車間の距離を一定間隔確保するだけでギリギリまで近寄れます。当社路線は都心部での混雑のため遅延が発生することもありましたので、遅延吸収効果を期待してCBTCという新たなシステムを導入することといたしました。
 また、先に進めず車両を後ろに戻さなければいけない時に、ATCは後ろ側に保安装置が無いので、総合指令所に退行の許可をとるなど多くの制約の中で戻ることになるため時間がかかりますが、CBTCだと退行運転も簡単にできる仕組みですので、異常時にも迅速な対応がとれます。トンネル内で停車するのはお客様の不安が増加しますので基本的には次駅まで速やかに走行するのが当社の考え方にも合致します。

公共交通機関として、安全・安心な移動を空間を提供

──公共交通機関として、乗客からはこれまで以上に安全・安心が求められると思いますが、どのような対策を行っていますか。

 DX推進の一環となりますが、混雑状況をアプリで配信しています。混雑率のはかり方が画期的なんです。一般的には空気ばねの圧力がお客様の荷重に比例するので、これを読み取って車両の制御などに使用しており、この情報から混雑率を算出するのですが、他社線との相直も多いため、他社車両が東京メトロ線内を走行する頻度も多く、そのデータを東京メトロ独自のデータとして発表するのは難しいのが現状です。
 そこで主要駅ホームにデプスカメラを設置して、電車が通過する際に窓越しに車内の状況を瞬時にAIで判断して、それをアプリに混雑段階を配信します。お客様の数と混雑率の関係を相当数学習させて、さらに車両形式ごとに窓の形やドアの形が異なるので、かなり試行錯誤しながら実装した結果、平常時にはほぼ正確な数値を出しています。今は6路線で導入していますが、いずれは全路線で展開していきます。

──お客さんは混雑状況をアプリで確認して、乗車時間をずらすなど行動を変えることができるということですね。またコロナ以降、換気も重要な事項となっています。

 安心して乗っていただく手段として、窓開けの徹底をしていますが、ハード的な部分でも工夫できないかということで、車内の空気を取り込み、ウィルス・菌を抑制する空気循環式紫外線清浄機を半蔵門線18000系車両1両で試験的に搭載しています。

──車内や駅構内における犯罪も懸念されるようになりましたが、防犯の取り組みはいかがでしょうか。

 地上は地下鉄サリン事件後からセキュリティカメラをホーム、コンコース、出入口など相当数設置しています。また、近年、鉄道列車内でお客様が被害にあわれる事例がありましたが、以前から車両にセキュリティカメラの設置を進めています。新造車両は死角の少ないようドアの上に設置していますが、さらに設置スピードを上げるため既存車両については室内灯一体型のセキュリティカメラをに取り付けていきます。
 社会的な課題解決に向けての省エネ化や効率化に取り組むと同時に、お客様の安全にはできる限り配慮することが企業責任と考え、日々取り組んでいます。

──次世代に向けた技術開発が様々な分野に向けられ、活用されていることを知りました。厳しい状況ではありますが、対応の中から日本の鉄道技術が新たな時代を切り開いていくのだと改めて実感しました。どうもありがとうございました。

(2022年3月16日 東京地下鉄本社応接室)

インタビューに答える中澤取締役とインタビュアーの茶木氏
インタビューに答える中澤取締役とインタビュアーの茶木氏