J-RAIL インタビュー

土木分野

「融合と連携」で高効率なメンテナンスを

「融合と連携」で高効率なメンテナンスを

インフラの老朽化が進むなかで、安全の確保には、適切なメンテナンスが欠かせない。しかし、鉄道の保守点検作業の環境は厳しく、作業員の減少も懸念される。解決の糸口は何か、また今後求められる技術は何か、伊勢勝巳代表取締役副社長に伺いました。

コロナ禍がもたらした保守環境の向上

──鉄道の土木分野において今、どのような環境変化が起きていますか。

 一つにはメンテナンスを取り巻く状況の変化ですね。今、社会インフラの老朽化が問題化しています。道路分野では現在、建設から50年を経過した構造物は、道路橋で3割、トンネルで2割ほどですが、あと10年経つと道路橋は約6割、トンネルは約4割と急激に増加します。
 一方、鉄道はどうか。私は長くメンテナンス分野の責任者をしてきました。鉄道構造物は戦前に建設されたものが多く、鉄道橋などは経年が100年を超えたものも多くあります。例えば山形県を走る左沢(あてらざわ)線の最上川橋梁は1886年につくられたもので136年経っていますが、今も現役で活躍しています。定期的に塗装するなど適切なメンテナンスを行うことで、インフラの寿命は延ばすことができます。
 これからは、古いものを適切に修理し、いかに長く使っていくかを考える時代。それにはしっかりと保守作業の環境を整えていかないといけません。
 鉄道の保守作業は終電後の深夜に行います。午前4時台には初電が走り始めるため、限られた短い時間で保守する必要があり、作業環境は極めて厳しい。そのため、保守の作業従事者はなかなか集まりにくいのが実情で、作業環境の改善が急務となっています。
 改善の一環として、昨年3月のダイヤ改正で終電の繰り上げと初電の繰り下げに踏み切りました。皮肉にも新型コロナウイルス感染症の感染拡大による利用者の行動変化が、保守作業時間の拡大と作業従事者の働き方改革推進につながったとも言えます。
 これにより保守の効率も上がりましたし、ホームドアの設置工事なども迅速に進められ、工事でお客さまへご迷惑をおかけする時間も短縮できています。

人力を要していた保守作業を機械化で支援

──メンテナンス分野の技術の進展について教えてください。

 深夜の短い時間で保守作業をこなすとなると、技術を持った熟練者しか仕事ができません。これまでに、熟練者でなくても作業できるよう、機械化と作業の標準化を進めてきました。
 例えば、「検査」においては、目に見えない異常でも可視化できるようになっています。トンネルの壁の内部を電磁波によって検査し、状態を可視化する「トンネル覆工検査車」や、線路下の空洞を走りながら探査する車両などを開発し、すでに活用しています(写真1)。

写真1 トンネル覆工検査車
写真1 トンネル覆工検査車

 また、レール内部の傷を超音波で探査する「レール探傷車」も開発。レール上を走行しながら測定するので効率的です。レールの表面に傷ができないように、定期的にレールを削って延命を図る措置も講じています。かつての国鉄時代、レールの損傷は年間数百件程度あったのですが、現在は年間5件程度と激減しています。
 近年では、営業車に線路設備モニタリング装置を付け、走りながら軌道の変位や、レールを留めるボルトなどの状態を点検する試みも行っています(写真2)。将来的には他の鉄道会社とも共有化を図り、活用を広げていきたいと考えています。

写真2 線路設備モニタリング装置
写真2 線路設備モニタリング装置

 さらに新幹線のレール交換など「作業」の機械化も進めています。従来は人力による施工で、1,200mの区間のレールを交換するのに、1回100人かけて作業していました。現在はレール交換システムにより、1回40人ほどで済みます。レールは通常25m単位ですが、日本製鉄の九州製鉄所から新幹線用の150mのレールを運搬車に積載して直送。積み下ろし・溶接・交換・古いレールの積み込み作業まで一つのシステムで行っています。
 レールの交換作業の仕事はほぼ毎日あります。機械化により作業員の労力を減らし、その分をより高度な内容の仕事に充てることができます。そのためにメンテナンスの機械化を先頭に立って進めてきました。

各分野の連携でインフラ老朽化問題を乗り越える

──今後、鉄道分野ではどのような技術が求められるのでしょうか。

 近年、各種センサー技術で取得したデータや、3Dレーザーで取得した点群データなど、大量のデータが扱えるようになりました。それを活用し、効率的に維持管理していく仕組みをどう構築するか。メンテナンスにおいてもDX推進は重要なテーマです。
 一方で、この先進技術を活用しつつ、合わせて分野連携も進めていく必要があります。例えば、鉄道土木の検査の分野で熟達したスキルを持ったOBの方々にも、道路、鉄道などの分野を超えて活躍していただきたい。これは私の夢でもあります。特に道路を管理する自治体には、土木の専門技術者は少ない。専門性が必要なところはコンサルタントに依頼するにしても、1次スクリーニングであれば、鉄道土木の技術者でも十分チェックできるのではないでしょうか。
 ベテランの方々の目は大事な資産です。登録制にして、鉄道、道路、上下水道などで融通し合えば、コストも抑制でき、効率的で質の高いメンテナンスが実現できるのではないかと考えています。
 人だけでなくインフラ技術についても同様です。鉄道や道路、分野ごとに同じような開発をするのでなく、連携して情報共有し、知恵を活用していく。土工部分や、橋、トンネルなどの構造物は共通する部分が多く、皆同じ悩みを抱えています。そこで、例えば鉄道のインフラ技術を道路や河川など他分野にも応用していく。教育に関してもネットワークをつくり、皆で一緒になり連携してやっていくことが大切。こういう厳しい時代だからこそ、「融合と連携」がなおさら必要ではないかと考えています。

──教育の話が出ましたが、若い技術者に熟練者が培ってきたノウハウをどのように継承していけばいいのでしょうか。

 若い技術者にはやはり場数を踏んでもらいたいですね。かつては線路を点検して歩いていましたが、今は前述した「線路設備モニタリング」によって、注意が必要な箇所だけを絞り込んで点検しに行ける。効率的に多くの経験を積むことができ、スキルの質を上げられるのです。ぜひ若い人には現場に「出て、見て、触って」をたくさんやってほしいと思います。

人々の暮らしを見据えた交通をつくる

──鉄道の自動運転技術に関してはどこまで進んでいますか。

 まずは乗務員の支援を目的として進めています。ATO(自動列車運転装置)の導入に向け実証実験を行っており、山手線でも今年10月頃から乗客を乗せた列車で試行する予定です。
 ATOは、地上装置と列車の相互通信によって列車の加減速を制御する仕組みです。導入が実現すれば、運転士の資格を持たない者が乗務できるようになり、万が一の際の乗客の避難誘導などを受け持つことになります。
 自動運転は、将来の人口減少、鉄道従事員不足への対応、あるいは省エネへの対応など、サステナビリティを持った鉄道にしていくための大きな鍵を握る技術です。

──道路と鉄道が融合するMaaSなど、交通のマルチモーダル化にも期待が集まっています。

 MaaSの実現には、オンデマンド交通のさらなる発展が必要です。駅を出てすぐにタクシーや地域のバスに乗れるよう、シームレスにつながっていかないといけない。特に地方では駅からの2次交通が大切になってきます。
東日本大震災で被害を受けた三陸のJR気仙沼線や大船渡線は、専用道を走るBRT(バス高速輸送システム)で復旧しました。一般道にも出られるので、病院や役場の入口まで輸送でき、小回りが利く。鉄道という大きな社会インフラの使命と、人々の暮らしから生じる細かなニーズにうまく応えることができるのです。これもマルチモーダル化の一つの方向性を示しています。
 クルマへの依存を減らそうと、群馬県前橋市では「MaeMaaS」の実証実験を今年9月末まで行っています。「交通を軸に人生を“前”に回す」がキャッチフレーズで、市内の多様な交通モードを利用でき、駅でデマンドバスを呼び出すこともできます。マイナンバーカードと交通系ICカードを連携すれば、前橋市民は割引料金で「1日乗り放題」などのサービスを受けられます。
 交通だけでなく、地域に住む方の暮らしとサービスをどう結びつけていくかが大事なポイントです。交通系ICカードを核とした前橋市のような試みを、ぜひ全国にもっと広げていきたいと思っています。
 土木だけでなく、自動改札などの機械設備や電気がうまく連携することで、いろいろなサービスが生まれていく。自動改札から得たビッグデータを使って、インフラをより効率的に活用していく方策も考えられます。鉄道開業から150年の節目を迎え、カーボンニュートラルの実現なども含めて全方位で「未来ある鉄道」を目指していきます。

(2022年3月10日 JR東日本本社応接室)

インタビューに答える伊勢副社長とインタビュアーの三上氏・柳沼准教授
インタビューに答える伊勢副社長とインタビュアーの三上氏・柳沼准教授